「馬鹿って言うのは、最低だよ」という言葉の波紋

火曜日の夜の教室はここでやっています
火曜日の夜の教室はここでやっています

秋田県能代市にある「のしろ日本語学習教室」は、1991年に中国帰国者支援を開始、1993年からは、能代市や近隣の町村に在住する外国籍住民など日本語を母語としな人々に対する日本語学習支援と生活支援を行ってきました。リーダーの北川裕子さんは、能代でともに生き、ともに社会を作っていく仲間作りの場として、日本語学習教室を捉え、精力的に活動を続けています。http://njsl016.web.fc2.com/

木曜日の午前クラスは託児所付きです

木曜日の午前クラスは託児所付きです

私が能代で国立国語研究所の調査を始めたのは4年前。あと1年でこの調査が終わるかと思うと、北川さんや学習者の方々との対話の時間が、いつも以上に貴重な時間に思えます。そんな中、今日北川さんから聞いたNちゃんとの対話、それに端を発した学習教室での子ども達との対話に関するエピソードはとても印象深いものでした。大人も子供も、日本人も外国にルーツを持つ人々も、一緒になって異なる価値観・考え方をもとに、物事を真剣に考え、話し合い、そこからそれぞれの気づきが生まれてくることの大切さを改めて痛感しています。

       ◆    ◆    ◆    ◆

小学校3年でフィリピンから日本に来たNさんは、今は元気いっぱいの小学6年生。その彼女には、忘れられない体験があります。授業が終わって帰り支度をしている時、ある男の子が「馬鹿、馬鹿」とクラスメイトを罵ったのです。それを聞いた担任の先生が、「みんないいかい。人に馬鹿、馬鹿って言ってはいけない。馬鹿というのはひどい言葉、最低の言葉なんだよ」。先生の説明を、みんな静かに聞き入っていました。

Nちゃんはとぼとぼと家に帰りました。靴を脱いで、カバンを玄関口に置いて部屋に入ろうとするNちゃんに、「馬鹿っ!何してるの。カバンそこ置いて。馬鹿」というお母さんの声が追いかけてきました。「ああ、ウチのお母さんは、ひどい人なんだ。最低の言葉をいつも使っている。今だって・・・」Nちゃんはただただ大声で泣くばかり・・・・・。

一日中飛び回っている北川さん

一日中飛び回っている北川さん

Nちゃんのお母さんから電話を受けた北川さんは、すぐにNちゃんの家に出かけました。「人間交流」をモットーに、一人一人の受講者を家族のように大切に思い、親身になって日本語支援をしている北川さんは、「Nの心に何があるんだろう。とにかく話を聞きに行かなくちゃ」と飛んで行ったのです。泣きじゃくるNちゃんからやっと事情を聞きだした北川さんは、Nちゃんとこんな対話を繰り広げたのです。

K:そうか。馬鹿って言葉は最低だって、学校で習ったんだ。
N:うん。
K:それを大好きなお母さんが使っているから、Nはすっごく悲しいんだ   よね。
N:うん。先生は馬鹿は使ったらいけないって言ったよ。
K:Nは使ったことある?
N:全然ない。
K:どうしてだと思う?それに、どうしてお母さんがその日本語を知っていると思う?
N:・・・・・・
K:Nのお母さんはフィリピンから日本に来て結婚して、日本語ぜんぜんわからなかった。一人で少しずつ日本語を覚えてきた。そのお母さんがどうやって「馬鹿」っていう新しい日本語を覚えたと思う?
N:分からない。
K:お母さんはね、仕事で仲間に何回も言われたことあるから、知ってるんだよ。
N:えっ? お母さんが友達に馬鹿って言われた?
K:そうなんだよ。
N:ああ、私は友達に一度も言われたことない。いじめされたことない。お母さん、かわいそう。お母さんが馬鹿っていうの、嫌だけど、でも、お母さんが悪いんじゃない!

北川さんは、次の日本語教室の日に、毎週通ってきている子ども達と「馬鹿」という言葉について話し合いをすることにしました。

能代には自然がいっぱい!

能代には自然がいっぱい!

K:みんな、馬鹿って言葉、使ったことある?
全員:ない!
K:どうしてないんだろう?
全員:知ってるけど、言われたことないし・・・。自分で使ったこともない。
K:じゃあ、馬鹿って言う人は、どうして人に言うんだろう?
A:分かった。自分がだれかに言われたから。

ベビートレーラーで日本語教室に来る人もいます

ベビートレーラーで日本語教室に来る人もいます

B:ああ、いじめされたことあるから。
K:そうだよね。じゃあ、もし友達に馬鹿、馬鹿って、言ってる友達見たらどうする?
C:「やめたほうがいいよ」って。
K:他に?
D:「言われた子がかわいそうだよ」て言う。
K:言われた子がかわいそう? じゃあ、何でその子は人に「馬鹿」って言うんだろう?
D:もしかして、自分が人に言われたから?
K:そうだよ!だから今度もし「馬鹿」って言っている子を見たら、こう言うんだよ。
「○○君はかわいそうだね。○○君も友達にいじめられたことあるんだね。だから人に「馬鹿」って言うんだよね。かわいそう」って。 

       ◆    ◆    ◆    ◆

外国人配偶者とその子ども達に対する日本語指導・支援をするということは、知識を教えたり、表面的な日本文化・日本事情を教えたりするだけではありません。もっともっと大切なことは、「何か」が起こったり、遭遇した時に、「それはなぜだろう?」と共にに考え、「じゃあ、どうやってその問題を解決すればいいんだろう」と、対話し続けることではないでしょうか。それが本当に「対話型地域日本語教育」だと、私は考えます。

「馬鹿は汚い言葉です。そんな言葉を使う人は最低です。みなさん使ってはいけません」
という上から目線の教え方、「正しいことは一つ。それに向かって歩みましょう」的な教育では子ども達は豊かな感性を育てることはできません。みんなで「なぜだろう?」と考え、対話ができる教育がどんどん広がっていくことを願うばかりです。

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