留学生100万人計画の画餅

写真はイメージです

4月18日の日経新聞夕刊に「日本への留学生2025年に100万人」と いう記事が出ました。私はその数に驚き、何度も記事を読み直しました。教育再生会議が目標として掲げた数字であり、5月の第2次報告に盛り込む方向で検討 しているということです。毎日新聞では、その根拠として「留学生10万人計画」は達成できたものの、アメリカの57万人、イギリスの34万人に遠く及ばな いという事実を挙げています。

1983年に当時の中曽根首相が言い出した「留学生10万人計画」は、紆余曲折を経て2003年にようやく達成することができました。横ばい状態が続 き、1999年には5万5000人程度だったのですが、何とか2003年に10万人を突破することができたのです。だからといって、その勢いで留学生数増 加が続いているわけではありません。また急な増加によってさまざまな問題が生じ、入管でも留学生・就学生の入国審査を厳しくしたり、緩めたり、苦慮してい るのが現状です。

どう考えても現在の12万人を18年間で88万人増やして100万人にするというのは、非現実的なことに思えてしかたがありません。なぜ単純にアメリカやイギリスと比べ、「わが国は留学生数が極端に少ない」という結論を下してしまうのでしょうか。

そういえば、「留学生10万人」も欧米諸国との比較から生まれた数字でした。1982年の留学生受入れは8,116人でしたが、これでは先進国としてあ まりに少ないと当時の首相中曽根は考えました。こうして、アメリカの32万人には遠く及ばないにしても、せめて12万人だったフランス並みの水準に引き上 げようという計画が始まったのです。

さらに、教育再生会議が出した「留学生が日本の大学で学びやすくするための検討課題」についても疑問を感じずには居られません。各大学に英語による授業 の実施や留学生宿舎の整備が挙げられています。英語での授業を増やすことが留学生誘致に役立つというのは、英語圏からの留学生が殆どであるという認識から なのでしょうか。それとも、英語は国際語ゆえ、英語で授業をすれば良いという考えからでしょうか。

留学生の出身国・地域は記事末表の通りです。アジアがほとんどを占める中で、「日本語習得がネックになっている。国際語である英語での授業を増やせば留 学生数が増える」という考え方はあまりにも短絡的過ぎるのではないでしょうか。日本語を学び、日本語を通して日本を知ってもらうことは、日本理解者を増や し、将来日本との架け橋となる人材を育てることになるのです。入国管理局の報告書でも「留学生は未来からの大使」という表現が使われています。

もちろん国際語である英語によるコミュニケーションによっても、日本理解者を増やすことはできます。また英語での授業の整備も必要ですが、いかにして留 学生の日本語教育の充実を図るかという視点の重要性も忘れてはなりません。言葉を理解することは、その国を理解し、そこで生活する人々、物の考え方、すな わちその国の文化を理解することになります。その視点が今回の教育再生会議では欠けていると思います。

やや専門的な話になりますが、「複数の日本語能力試験の統一」という提言にも賛成しかねます。実は長い間総合的な日本語能力を問う「日本語能力試験」が 大学入試に援用されていましたが、2002年にやっと留学生のための「日本留学試験」ができました。その5年後、再度試験の一本化が検討課題として挙げら れるというのは、あまりにも節操がないように思います。毎日新聞には「日本貿易振興機構など複数の機関が行う外国人への日本語検定の一元化」という記述が ありますが、ジェトロ試験と留学生に課せられる試験とは内容が異なります。どこまで留学生・就学生事情をご存知なのだろうかと耳を疑いました。

一歩下がって日本社会を見つめてみてください。果たして留学生が住みやすい社会と言えるでしょうか? 開かれた社会と言えるでしょうか? 今の日本社会 の状態を考えた上で、20年後の適切な留学生数を弾き出す必要があると考えます。無理な留学生数の増加は、学ぶ意欲のない留学生を大量に生み出すことにも つながり、不必要な軋轢が生じるタネになる恐れがあります。

有識者によって構成される教育再生委員会からの、あまりにも現場感覚のない会議報告に長年留学生教育に携わる一人としてむなしさを感じました。どうぞもっと留学生の姿、留学生教育の実態を見つめていただきたいと思います。

留学生の現場を見つめ、現場教師とともに考えることから、意義ある留学生計画が生まれていくのではないでしょうか。そして、留学生誘致を考える前に、もう一度日本の大学の実態にも目を向けてみませんか。

○日本の大学の姿は、果たして魅力あるものでしょうか?
○大きな犠牲を強いてでも来たくなるような大学なのでしょうか?

「2006度日本語教育機関実態調査」結果報告
日本語教育振興協会

2006年7月1日現在 国・地域別学生数
合計30,607人  中国+韓国+台湾=83.8%

1.中国 16,067人 2.韓国 8,060人
3.台湾 1,518人 4.ベトナム 876人
5.スリランカ 641人 6.スリランカ 641人
7.ネパール 599人 8.バングラデシュ 482人
9.タイ 477人 10.インドネシア 291人
11.ミャンマー 246人 12.その他 1,350人
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