「山の写真家」小林尚礼さんの生き方に感銘 「進む勇気」をもらった留学生たち

 小林尚礼さんという「山の写真家」をご存知でしょうか。昨年テレビで『梅里雪山 17人の友を探して』というドキュメンタリー特別番組でも放送されましたが、今でも、最後の1人を探して年に何回かチベットに出かけているフリーカメラマン・ライターです。

講演をする小林さん(撮影すべて筆者)


 彼のホームページ(http://www.k2.dion.ne.jp/~bako/)には、こう紹介されています。
 
 フリーカメラマン・ライターとして、独自の撮影取材・雑誌発表を行う。またヒマラヤ・チベットを中心とした山旅のガイドも手がける。中国・梅里雪山で遭難した友人の遺体を捜索するため、1998年から毎年現地に通っている。そこに暮らすチベット人と聖山の関わりに魅了され、「人間の背後にある自然」をテーマに撮影活動を続けている。

 私は番組と同名の著書(山と渓谷社)を手にして以来、彼の生き方に共感を覚え、「ぜひ留学生に1人の若者の生き方を語ってほしい」と、特別授業をお願いしてきました。今回の講演は、選択科目で「総合日本語」を取る留学生たち50人に対して行われました。
 留学生たちは、小林さんの本を読み、インターネットで写真を楽しみ、指折り数えて講演の日を迎えました。

 留学生が一番話を聞きたいと思っているのは、次のことでした。
○どうして安定した生活を捨ててまで、友だちの遺体を捜しに出かけるのですか。
○自分の生き方に迷うことはないんですか。
○家族は本当に理解してくれていますか。
○山が大好きになったきっかけは何ですか。
○これからの「夢」は何ですか。

地図を見せながら説明する小林さん


 彼らは、ひたすら「一人の若い日本人(1969年生れ)が、何を思い、どう迷いながら今の道を進んでいるのか」ということを知りたいと思っていたのです。留学生の中には、「これからの自分の進むべき道を模索している」人もたくさんいるのです。

 小林さんは、淡々と山との出会いを語り始めました。それは、浪人時代に出会った1冊の本、植村直己の『青春を山に賭けて』(1971年、毎日新聞社)がきっかけでした。すっかり山の魅力に取り付かれた小林さんは、京都大学に入学すると迷うことなく山岳部に入部したのです。

 大学の仲間と登山を楽しんでいた小林さんにある日、「17人の仲間の遭難の知らせ」が届きました。それが小林さんの人生を大きく変えていくことになりました。会社に勤めてからも遺体を探しにチベットに行き続けていた小林さんですが、やはり日本の会社では度重なる長期休暇は難しく、ついに退職してしまいます。そして始めた写真の勉強、ついに彼は「山の写真家」の道を歩き始めたのです。

 山の写真を見せながら、「考えてきたこと」「生きてきた道」について語る小林さんに、留学生たちはドンドン引き込まれていきました。講義の翌週、留学生たちは「小林さんへのお手紙」を書き始めました。何人かの手紙をご紹介したいと思います。メッセージが込められている部分を抜粋してお伝えします(前後が省略されています)。

(1)朴恩志(韓国:女性)
 その後、ビデオを見ながら、講演を聞きながら、私は何度か胸が熱くなりました。何度か涙を抑えました。それは小林さんの気持ちがすごく伝わってきたからです。
 私は山が好きではありません。どうせ下りて来るのに、何で登るのかと思います。なぜ人たちは危ないのに命をかけて雪山に行くのだろうと思います。それでも梅里雪山へ向かった小林さんの友人たちや、その友人たちの遺体を探しに行った小林さんは本当に山が好きなんですね。
 ビデオの中で黙々と遺体探しをしながら、たまに山を見詰める小林さんの目がいろんな意味を持っているようで、私もいろんな思いをしました。私も本当に本当に最後の一人を探したいと思いました。遺族の方が語ったように、最後の一人が見つかるまでにあの事件は解決してないんですね。

(2)朴厚相(韓国:男性)
 あの時は、いろんな事を聞き、話すことができて、自分の人生と生き方などをもう一度、考えてみた意味深い時間でした。私は自分の将来のことで、今も悩んでいます。いろんなことがしたいけど、その中ひとつを選んだら、ほかのことはあきらめるしかない。こんな曖昧な考えかたで過ごしていたんですが、あの時の講演を聞き、あることを思いだしたんです。それは、ひとつを選んだとしてほかのことをあきらめる必要があるか? 私は今の自分はなにかを選択するには遅い歳だと思いました。
 でも、小林さんの仲間たちを探すっていう勇敢な選択を見て、自分自身がすごく恥ずかしくなりました。怖くてなにも手を出さなかった私に刺激になった一事です。
 重要なのは選択ではない、選んだ事にどれだけ集中するか、どのぐらい熱情を持つのかと講演の時にはっきりと感じました。

小林さんに質問をする留学生


(3)林依潔(台湾:女性)
 人生は小林さんのように自分が一番やりたいことを一生懸命やるべきと思います。しかし、人生の目標を探すのが難しいです。私は以前いい大学に入って、いい会社に入れるようにずっとがんばってきたが、結局それは自分がやりたいことか、ずっと考えています。
 小林さんのことは私に励しました。目標というのは決意だと思います。何も捨てても一番手に入りたいものを探したいです。人生の目標というのは自分で決めなければなりません。それは自分の人生、自分しか責任をとれません。小林さんのような立派な目標を立てませんが、小林さんの精神は勉強になりました。どんな困難でも乗り越えようという気持ちに感動しました。もし、私は目標ができたら、そういう気持ちを持ちながら、果たすまでがんばりたいと思います。

(4)権淑喜(韓国:女性)
 私はまだ私がやりたいことがなにかはっきり分からないんです。今まで散々なやんでいます。でも、小林さんが山が好きになったきっかけとか、写真が好きになったきっかけを聞いて、私にも偶然にそんなきっかけが来てくれるのではないかなと思いました。
 先日、小林さんの写真が気になって、はがきを買いました。このはがきをもって帰国して、山が好きな母と父にも見せたいと思いました。
 もっとくわしい小林さんの話が聞きたかったんですけど、その時、質問する勇気がなかったのが今、とても残念です。

 留学生たちが書いた小林さんへの手紙には、「自分自身の人生」を見つめ直したこと、勇気を持って一歩前に踏み出そうと思ったこと、さまざまな思いが綴られていました。そして、「最後の一人が見つかること」を祈る言葉で締めくくられていました。講演から1週間後担当教師の一人はこう語ってくれました。

 小林さんの講演のあと、留学生たちもいろいろ考えたようです。梅里雪山の氷河が年々後退していることや、遺体が見つかった氷河の水をおいしそうに汲んで飲む子どもたちの姿を目の当たりにして、「温暖化」や「水質汚染」など環境問題にも話題が広がっていきました。本当に良い機会でした。今回の講演は、「生き方」ばかりではなく、現代社会が抱えるさまざまな問題も浮き彫りにしてくれる貴重なモノでした。

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